とにかく動物が好きでした。
住んでいたのは小松市観音下町(かながそまち)。大倉岳高原スキー場の少し手前の小さな集落です。自然が豊で遊びといえば魚釣りやカブトムシとり、捕まえた生き物はほとんど家に持ち帰って飼っていました。カブトムシなどは塩原町のチップ工場のオガクズを鍬で掘るとボコボコ獲れ、1m四方の木箱で100匹くらい飼っていました。夜になると『ギシギシ』と家の外から変な音がするので見に行くと、木箱の網に100匹のカブトムシがひしめき合ってぶら下がっているのを見て、さすがに気持ち悪くなったのを今でもハッキリと覚えています。タヌキやテン、リス、ムササビなどはしょっちゅう見かけ、クマが、自分たちが『缶けり』をしてよく遊んでいた神社の縁の下に潜んでいたのが発見され、銃殺されたこともありました。野良犬もよく見かけエサを与えて親に叱られたり、ネコを拾って帰り『川に捨ててきなさい!』とガンコなことを言われ泣いたこともあります。
私が一番欲しかったのはズバリ『自分の犬』です。TVで『名犬ラッシー』の実写版をやっており、食い入るようにして見ていました。いつかコリー犬を飼おうと決心し、父に手取りフィッシュランドに犬を見に連れて行ってもらっていました。純血種は当時では珍しく、犬といえば村を徘徊する野良犬や放し飼いの雑種犬しか見たことのない少年にとってそこはTVの世界。セントバーナード(アルプスの少女ハイジに出てくるヨーゼフ)、シェパード(警察犬カール)といった当時放映されていた番組のスター犬と同じ犬が直に見られ、大興奮です。その中でもやはりコリーはひと際輝いて見えました。当時柴犬が3万円で、コリーはハッキリとは覚えないのですが10万円ぐらいでした。お金を貯めるため親の肩たたきをしたら自前の手帳に10円ずつ金額を書き加えてくれ、コツコツと毎日肩を叩きました。我ながらカワイイもんです。しかし、幼なながらに『いつになったら貯まるんやろか?』と思い始めたのと、ある人が『子犬をくれる』というので、ついもらうことになってしまいました。雑種とボクサーの合いの子で家に来たときは3ヶ月でした。私が小学2年生のときです。

今見ても不細工な顔(犬がですヨ)。でも、可愛かったなぁ~。
この日から、結構ユニークな犬との暮らしが待ってました。
続きはまた、お話ししましょう。